大阪を訪れた際、地元の日本酒を探していると必ずと言っていいほど名前が挙がるのが「呉春(ごしゅん)」です。江戸時代中期から300年以上にわたって愛され続けているこのお酒は、単なる地酒という枠を超え、大阪・池田の文化そのものを体現していると言っても過言ではありません。
「呉春ってどんなお酒なの?」「種類がいくつかあるけれど、どう選べばいいの?」と疑問に思う方も多いはず。そこで今回は、大阪・池田の銘酒「呉春」の歴史や酒造りのこだわり、そして具体的にどのようなラインナップがあるのかを詳しく調べてみました。
「呉春」が守り続ける「池田酒」の歴史と誇り
まず知っておきたいのが、「呉春」が造られている大阪府池田市の酒造りの歴史です。池田の地では、室町時代末期から安土桃山時代ごろに酒造りが始まったとされており、江戸時代中期には大きな最盛期を迎えました。
当時の池田は、いまとは意味が異なり、朝廷のある京都へ向かうことが「上京」で、江戸へ向かうことが「下り」とされていました。そのため、江戸へ運ばれるお酒は「下り酒(江戸積み酒)」と呼ばれ、猪名川の伏流水と良質な米を活かした辛口の「池田酒」は江戸でも絶大な人気を博したそうです。最盛期には38軒もの酒蔵が並んでいたというから驚きです。
しかし、その後、兵庫・灘の酒が台頭したことで池田の酒造りは次第に衰退。現在、池田市で酒造りを続けているのは、わずか2社(うち1社は現在自醸していない)のみとなりました。その中で、今なお伝統を受け継ぎ、池田酒の最後の醸造元として誇りを持って酒造りを続けているのが「呉春」なのです。
「呉春」という名前に込められた由来
「呉春」という名前の由来には、興味深い説がいくつかあります。
一つは、池田が「呉服(くれは)の里」と呼ばれていた歴史に由来するという説。実際に、呉春が位置する池田市綾羽の「綾羽」という地名も、呉織媛(クレハトリヒメ)と漢織媛(アヤハトリヒメ)という二人の織姫の名に由来していると言われており、地域の歴史と深く結びついています。
もう一つの説は、江戸時代の画家である松村呉春の名を取ったというもの。松村呉春は、妻と父を亡くした傷心を癒やすため、天明元年(1781年)に池田に移住し、「呉服の里」で春を迎えたことから名を改めたと言われています。蔵元との直接的な関係は分かっていませんが、どちらも当時の池田を代表する存在であったことから、このように伝えられているようです。
妥協なき酒造りを支える「五月山の伏流水」
呉春の味わいを決定づけている最大の要因の一つが、仕込み水へのこだわりです。
呉春では、蔵の北側に位置する桜の名所「五月山(さつきやま)」から流れる地下水脈の伏流水を、自家井戸から汲み上げて使用しています。この五月山の伏流水こそが、飲み飽きすることのない「五味調和」のとれたスッキリとした酒質を実現しているのだそうです。
この水へのこだわりは、地域住民や愛飲家の間でも深く共有されていました。かつてバブル期、五月山側にマンション建設計画が浮上した際、「水脈が途絶えて呉春の酒造りに支障が出る」として、住民や愛飲家、酒販店などが猛反対し、結果として計画が中止になったという逸話が残っています。地域の人々にここまで愛され、守られてきたお酒であることに、呉春というブランドの信頼感と価値が凝縮されていると感じます。
また、文化的なエピソードとして、小説家の谷崎潤一郎との交流も有名です。呉春の先代社長である西田秀生氏は谷崎潤一郎と親交が深く、代表作である『細雪』や『卍』の校正を手伝った仲だったそうです。二人がいつも酌み交わしていたのが「呉春」であり、谷崎潤一郎が愛飲したお酒として知られています。
迷わず選べる!「呉春」のラインナップと特徴
呉春の素晴らしい点は、その「頑ななまでのスタイル」にあります。通年で販売される商品はわずか3種類。しかも、サイズは一升瓶のみという徹底したスタイルを貫いています。
日本酒の級別制度が廃止される前の「特級」「一級」「二級」という区分を踏襲しており、選び方は非常にシンプルです。
1. 呉春 特吟(特別吟醸酒)
旧特級酒に相当する、大吟醸クラスの贅沢なお酒です。「幻の酒米」と呼ばれ、栽培が難しい晩成品種である岡山県赤磐産の「雄町(おまち)」を約半分まで磨き、低温発酵させて丁寧に造られています。 新酒を搾った後に一度目の火入れを行い、タンクで低温熟成させた後、瓶詰時に二度目の火入れを行うという「二回火入れ」製法で仕上げられています。希少な米と五月山の伏流水が融合した、格調高い一杯です。
2. 呉春 本丸(本醸造酒)
旧一級酒、特別本醸造クラスに相当します。すっきりとした味わいの中にしっかりとした旨味が秘められており、冷やして楽しむのはもちろん、お燗にしてもその真価を発揮します。バランスが良く、食事と一緒に楽しむのに最適な一本と言えそうです。
3. 呉春 池田酒(普通酒)
旧二級酒に相当する普通酒です。「甘からず、辛からず」を基本とした、まろやかな風味と旨味が特徴。気取らない日常の晩酌に寄り添う味わいで、不動の人気を誇ります。
【限定】呉春 大吟醸
通年の3種類に加え、2009年秋から登場したのが、晩秋(9月、10月、11月、12月)の4ヶ月間のみ蔵出しされる限定の大吟醸酒です。 こちらは「特吟」と同じく赤磐産の雄町を使用していますが、さらに10%高く精白(40%まで精米)しており、より洗練された味わいに仕上げられています。こちらも二回火入れ製法で造られており、蔵出しのタイミングに合わせて登場する、まさに「季節の楽しみ」とも言える希少なお酒です。なお、蔵元の意向により蔵出しがない年(2020年度など)もあるため、出会えた時は幸運と言えるでしょう。
「呉春」をより楽しむためのポイント
調べれば調べるほど、「呉春」というお酒が単なる商品ではなく、池田という土地の記憶を保存しているような存在であると感じます。
その味わいは、五味が調和したスッキリとしたタイプ。そのため、どのような料理にも合わせやすいのが特徴です。特に、大阪の地元の味であるイカ焼きやねぎ焼き、あるいは牛すじ煮込みといった、出汁の効いた料理や、しっかりした味付けの料理と合わせれば、お酒のスッキリとしたキレが口の中をリセットし、次の一口をさらに美味しくしてくれるはずです。
また、公式サイトを持たず、通信販売も行わないというスタイルを貫いている点(特約店などを通じて販売)からも、流行に流されず、本質的な価値を提供し続けたいという蔵元の強い意志が感じられます。
まとめ
大阪・池田の誇る銘酒「呉春」は、江戸時代からの「池田酒」の伝統を現代に伝える、貴重な存在です。
五月山の伏流水を守り抜き、赤磐雄町のような希少な米を使い、一升瓶のみという伝統的なスタイルを守る。その頑ななまでのこだわりがあるからこそ、谷崎潤一郎のような文化人から、現代の地酒ファンまで、世代を超えて愛され続けているのでしょう。
- 特別な日に、贅沢に楽しみたいなら「特吟」や限定の「大吟醸」
- 食事と共に、冷やでも燗でも楽しみたいなら「本丸」
- 日々の食卓に、まろやかな旨味を添えたいなら「池田酒」
このように、目的に合わせて選べるシンプルなラインナップも魅力です。大阪への旅行の際や、自宅で地元の味を楽しみたいときには、ぜひこの歴史ある「呉春」を手に取ってみてください。300年の時を超えて届けられる「五味調和」の味わいに、きっと心満たされるはずです。
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